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Author: パラ犬
pixivID: 141261
雑記 ] 2017/09/09(Sat)
絵に限らず、練習というもので最も辛いポイントは、行動そのものよりも、自分の技術の低さに向き合うことだと思う。

認知の歪みに苦しめられた経験のある人ならお分かりいただけると思うんですが、マイナス面にフォーカスされた視界に人間の精神は長くは耐えられないものです。
絵が描けないぐらいで死にはしませんが、自分は無力で無価値だという方向にいったん思考が傾くとどんどんそれを強化するものばかり浮かんでくるもので。死にます。

物事には良い面と悪い面があるというのに悪い面だけを探し出して自己批判をするのは死に至る病。
だというのに、意図的に悪い面を掘り出して向き合おうっていうんですから、なんともえげつない行為ですね、練習ってのは。

丸を描き続けると絵が上手くなるとかいう、都市伝説というかまあなんというかアレなアレあるじゃないですか。
あれを真面目にやる人がいるのは、あれが「行動」だけで済むからだと思うんですよ。
少なくとも自分の技術の低さには向き合わなくていい。技術の低さを感じはするでしょうけど、ただ自覚があることと向き合うことは全く違うもので。

丸描き教の信者は、きっと向き合うことに疲れた人なんだろうな、と。
あれは練習じゃなくて祈りですよ。無力感にうちひしがれてもう前に進む気力すら残っていないとき、人はただ祈ることしかできないんですよ。
斜め向きの輪郭線を手癖でいっぱい描いて練習した気分になってた頃に戻りたい。いや、べつに戻りたくはないけど。



はくしゅへんじ。

> >10年後ぐらいに~ ということで10年前の記事を見てみました。 2007年9月、どれどれ・・・毎日更新・・・だと・・・?おまけに記事が休みの日すら休み報告の記事・・・ウワァァァ!

ウワァァァ! あの頃は寿命削ってやってたなー。
10年ぐらい経って最大HPを見てようやく悪魔に魂を売っていたことに気付くんやで。具体的に言うと睡眠時間を削るとか。
若さゆえの愚かさよ。だがそれは本当に愚かだと言えるだろうか。それほどまでにやりたい事があった、それは幸せだったのではないか。
10年前の自分が今の自分を見ればこう言うだろう。「愚かって言うほうが愚かなんですー!」と。